古代ハワイの神話と伝説 第3回
ストーリーの面白さはもとより、古代のハワイにあった信仰や世界観をうかがえるという意味でも、興味が尽きないハワイの神話や伝説の数々。そこに登場する個性豊かなキャラクターたちをご紹介しながら、ハワイ文化の魅力をお伝えします。
Kāneの水はどこにある?
天空や大地といった空間はもとより、この世界のあらゆる生命の始まりをつかさどったとされ、ハワイの神々のなかでも特別な存在感でもって語られるKāne。その名は、ハワイ語で「男性」や妻に対する「夫」を意味する「kāne」でもあり、命の始まり、つまり生殖にまつわる信仰に深くかかわることもうかがわれる神さまです。もっとも、なぜか彼自身の妻にあたる神については語られてこなかったりするのですが、そんなちょっと不思議なところもあるKāneのことを、伝説や古いoli(chant)を手がかりにたどってみたいと思います。
ハワイの創世神話として知られる『Kumulipo』で、pōと呼ばれる暗黒の住人だったKāneは、光(ao)とともに大地や海とその上にある空間、および宇宙を旅する天体を創造し、水中の生物はもとより、植物、動物、そして、最後に人間の男女を創ったとされます。このとき、Kāneの創造を助けたのが、彼と同じく四大神と呼ばれるKūとLonoで1)、最初の人間は大地、つまり土から、Kāneの似姿として形作られたと語られます。そんな、いわば誰から生まれたのでもない人間を生み出したKāneは、王族などの支配階級はもとより、一般庶民もともに共通の祖先として信仰の対象としてきた神で、Kāne信仰は、ハワイに階級のない世界があったことを示しているのではないかとする向きもあります。このあたりは想像の域を出ませんが、Kāneに祈りを捧げる祭壇は各家庭にあるようなものだったといい、その信仰は、ひとびとの生活に根差した、きわめて原初的なものだったと考えられます2)。
そんなKāneに捧げられた祈りがなんであったのかを探るために、Kauaʻi島に伝えられてきたKāneにまつわるchant、『He Mele No Kāne』をたどってみたいと思います3)。このchantは、Kāneに祈りを捧げ、彼がもたらす命の源、すなわち「ka wai a Kāne」(Kāneの水)への感謝が述べられたもの4)。全編、「Kāneの水はどこにある?」(aia i hea ka wai a Kāne?)という問いかけ、およびそれに対する応答からなります。それだけ聞くと「なにそれ?」って感じですが、まずはその冒頭のやりとりをみてみると……
私はあなたに、次のことを問いかけよう。
Kāneの水はどこにあるだろう?
それは太陽が昇る東の地、Ha’eha’eに(ある始まりの場所に)現れる。
そう、そこにKāneの水はあるのです。
(筆者訳)
Ha’eha’eは、Hawai’i島の最東端、Kumukahiにほど近いところにある地名。そして、重要なポイントは、その場所が位置する東という方角にあります。「Kumukahi」(文字通りの意味は「はじまりの場所」)のネーミングからもわかるように、太陽がそこから昇る東の方向は一日が始まるところであり、いわば太陽を中心とする信仰のかなめ。また、雨雲を連れてくる貿易風が吹いてくるのも東からで、最東端という状況からすると、東の水平線のかなたに「水の源」である雲が発生する、つまり(神聖な)「Kāneの水」はそこで生まれる……ということになるわけですね。
このあと、山や谷、灌漑が行われる田畑、わき出る泉、そして、川の流れが最後に行きつく海……といった具合に、あらゆる場所にあらゆる姿で現れる水が、Kāneが生み出すものとして語られていきます。それは、日々、地球を照らす太陽、水蒸気を巻き上げる気流、季節のめぐり……といった、自然のうつろいのなかにある絶妙なバランスのもとにあるわけですが、水はそれとは見えない仕方でも存在するものであり、その意味ではどこにでもあってどこにもないような、ちょっと謎めいたところもあったりします。そしてそれが、ときにある条件のもとで雲になり、恵みの雨を降らせる……というわけで、Kāneはなにより、雲の現れとともイメージされる神だったようです。このあたりは、ハワイのほかの四大神であるKūやLonoについても同様で、Kanaloaだけは雲のイメージをともないませんが、大地の奥深くから予期せずわき出る泉がそのシンボルだったりするあたりは、Kanaloaにまつわるミステリアスな語りにも合致します5)。
大洋に囲まれているおかげで、絶え間なく続く水の循環が、それとわかりやすい仕方で現れる島の暮らし。そんなハワイのハワイらしさを思うにつけ、そこでの日々の素朴な生活感覚から生まれたのではないかと思われるKāneへの祈り。太古の昔から、だれのもとにも等しく訪れるものだった雨、すなわちKāneへの、社会的な階級といった制限をともなわない信仰のありようは、なによりハワイの自然条件に起源があるのではないかと想像しています。
注釈
1)Kāne、Kū、Lonoはそのランクに応じてそれぞれ天空のある領域を支配したと語られ、一番上に位置するKāneに続くのがKū、その下に暮らすのがLonoとされます。
2)支配階級にあるali’i(chief)たちがその祖先としたのが、Kāneよりも何世代かくだってから『Kumulipo』に登場するWākea。Kāne とは異なり、Wākeaは妻であるPapaとともに語られます。
3)1915年初版の『Unwritten literature of Hawai’i』(Emerson、文献2)に記されたもの。
4)「Kāneの水」(the water of Kāne)にあたるハワイ語は、「~の(of)」にあたるハワイ語として「a」「o」のいずれを使うかで意味が異なります。このchantにあるように「ka wai a Kāne」の場合は、「a」に能動的な意味合いがあることから、「Kāneが生み出す水」とするほうがハワイ語のニュアンスには近いと思われます。
5)『Kumulipo』によると、Kanaloaは、大地が天から分かれて存在するようになったときに、神々から吐き出されて地上にあらわれたspirits(霊的存在たち)を率いることになりましたが、彼らはともに地下の世界に追いやられる運命にあり、Miluと呼ばれる死の領域の支配者になったとされます。
参考文献
1)Kawaharada D: Storied landscapes of Hawaii-Hawaiian literature & place. Honolulu, Kalamaku Press, 1999, pp67-83
2)Emerson NB: Unwritten literature of Hawaii-the sacred songs of the hula. Honolulu, Mutual Pub Co, 2007, pp257-259
3)Beckwith M: Hawaiian Mythology. Honolulu, University of Hawaii Press, 1970, pp42-45, pp60-61
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